黒を用いれば、絵が締まってみえるし、空間の操作がしやすいというメリットもある。が、今回はあえてその黒を封印した絵づくりも試みた。 「黒に逃げてたかもしれません」。代わりに、黒の要素は版画作品が引き受けた。自分の仕事に足りない部分なのでは、とじっくりと物を観察し描くことに没頭した。
「こんな時代だからこそ明るい絵を描こう。暗い部分にばかり目を向けずに」 そうしてつくられた作品には、やわらかな光が注がれている、いや画面そのものが光っているようにも思われる。
例えば 「A song you forgot」 女の子が可愛がっていた鳥を解放する。誰でもなく誰でもある少女、鳥は少女自身、つまりは観る者自身。〝あなたの忘れた歌〟を放ち、飛び立たせる、次の場所へと向かうために。不安、怯え、しかし望みを称えた胸の裡から。
レイヤーにして透かす、何層にもわかれる、分断されながら、つながる。なぜ空間を層にするのか、と問うと 「曖昧にしておきたいんです」。一つピースを外すとそこから世界が崩れ落ちていくような、儚さを纏う。しかし曖昧にしておきたい、といいながらすべてが透明だからこそ、実は明快になっているともいえる。世界の秘密を解き明かす、鬱蒼としながらも隠し事のできない森の中。