古代より彗星は災いの前兆など驚異の対象であった。天の秩序を離れて突然現れ来る大きな驚きについては、紀元前より記述が残されている。1910年のハレー彗星大接近では地球と太陽との間を通り抜け、その明るさは1等星程度。天の川をも凌ぐ大きさで、尾が天を横切り首尾ともに地平に達したとも。
だが畏怖の念を抱かれてきた彗星も観測し続けていくと、周期性を持つ天体の運動であることが理解される。例えば、先のハレー彗星ならば、およそ75年周期の海王星族であるというように。周期があるということは、そこに過去と未来を重ねることもできる。そのような彗星の存在が、時間の経過を表現したいと思う作家のイメージにぴたりときた。
一般的な絵具とは違い、銀箔にしろサイアノタイプにしろ、錆び、感光し、素材自身が転じ図像が浮かび上がる。そして留まることを知らず、ともに空気や光に影響を受け変化していく。いや、敢えて変化していく余地を残してつくられた、過去から未来へ向けて変化し続ける絵画。だからこそ、それは今一瞬しか目にすることのできないイメージとも言える。遠く離れた東洋と西洋、時間と距離を飛び越えて、同じ彗星を見たやもしれぬ人々の視線を重ねあわせて。