水をたっぷりと含ませたキャンバスに、絵具を滲ませ描く。乾かしては繰り返し色を重ねる。曰く「ぼんやりとした感覚や断片的な瞬間の記憶を迅速かつ誠実に記録したドローイングを元に、それをキャンバス状の作品に昇華させる」。また「水が浸透し蒸発することで、色彩とキャンバスが柔らかに一体化する」のだとも。
4年ぶりに戻った故郷で偶然、触れた母の冷たい足
昨年の夏、港、大きな花火が空から落ちてきた瞬間
地下鉄の中、クーラーの冷気、周囲の人の息遣い、
電車の風切りが一緒くたになった空気
帰り道、歩いている時の左足右足、交互の歩み
立ち入り禁止の印は夜になったら幽霊になるかもしれない
泣いた時の目や耳の中の海鳴り
いつから死んでいるかもわからない緑の虫の影
美容院、人の動き、水流とシャンプーの香り
目眩、頭はくらくらしているが魂は元の位置にあるような
消しゴムを用いた作品も同じく、油性ペイントが消しゴムに浸透する特性を活かしている。通常は色を消すために使われる消しゴムを、果敢ない感覚を記録するためのツールに変えて。金佳辰の故郷、中国北西地域では亡くなった人に手紙を送る時、石に言葉や絵を書き糸や髪で括り木に吊るしたり道端に置いたりするという。石の代わりに消しゴムやキャンバスに託した〝大切な感覚〟は内へうちへと丁寧に保存され、そっとあなたに差し出される。