オオゲツヒメノカミはスサノヲノミコトに鼻や口、尻から取り出した食物で料理を振る舞った。スサノヲは汚らわしい食物を献上されたと怒り、オオゲツヒメノカミを手にかけてしまう。その骸からは蚕や五穀が成った、と『古事記』にある。
これまでも度々、フジイフランソワはオオゲツヒメノカミをモチーフにしてきた。鹿に化身させて。神使としての信仰が各地にありながら、鹿は身近な獣として肉や皮、角が利用されてきた歴史を持つ。「自らの身を捧げているように感じる」とフランソワ。糧を司り糧を産んだオオゲツヒメノカミと鹿が、至極自然に同化した。
一方で、花が落ち朽ちても土に還り、再び次の季節の養分となる。目にはみえないが重なりつながる命。それらを自分が生まれる以前の「時」を知るものとして敬い、付喪神とすべく息を吹き込む。
ドロドロとした混沌から、見えない力に引かれるようにして作品は完成するという。まるで国産みそのものだ。「自分の中から出た命には違いないが、別の人格を持つ、子どものようなもの」なのだと。絵にもいわば絵格があり、筆が進むにつれて自身からどんどん切り離されていく。その時、そこは神々が訪う処となる。