塩の結晶を用いたドローイングを「不思議の国のアリス」の展覧会用に描いたのが、海水ドローイングのきっかけだった。出たり消えたりするチェシャ猫のように何かが見え隠れする作品、それを聞いた時、いかにも坂田英三らしいと思った。
昔は、海水を人にもらうことで作品に参加してもらっていたのだが、最近は自分で海水を取りに行くことが多くなった。そのせいで、旅行先に島巡りを選びがちになったという。海水を自分で取ってくると、体感に残る浜辺の砂や波の感触を再現したくなってきたそうだ。ただしそれも模索中、との言葉にあの独特の笑い声がフランスから脳裏に届いた。ドローイングをしている時は「何も考えない」というが、温度や湿度、紙に吸収された海水の量など微妙な違いで変化する。その変化を観察しながら制作を進めていく。考えないというよりも、その場その場の現象につぶさに反応していく、いわば即興演奏。弦を筆に変えた、偶然を必然に変えていく奏でといってもよいだろう。
繊細な胎動、母体、飛翔感や匂いたつような官能、あるいは少女性…あなたはこれらの卵や蝶の中に、どのような奏でを耳にするだろうか。